繋がることのありがたさ

昨年舞踊の創作活動に励んでいたからか、今年は古典回帰をしたくなり、古典舞踊のおさらい、そして振りのほりおこしなどの研究活動にいそしんでいます。

よく、日本舞踊のお話になると「何流ですか?」と聞かれますが、同じ曲でもそれぞれの流派で振りが異なるので、その違いを見るのも日本舞踊の楽しみの一つ。
力強さ、粋さ、華やかさ、しなやかさ…その個性はさまざまです。

ちなみに私は藤間流で古典舞踊をおさめていて、舞踊活動を独自で行っていると言いつつも、師匠とはずっと繋がっています。
独立していても、師匠の元へお稽古に通う。
こういったところは、異業種の人から見ると不思議なところの一つのようですが、西洋・東洋共に、古くから伝わる芸能にはよくあること。はるか昔より脈々と受け継がれるその芸能のバトンを、後世にリレーしていく役割を担っていると思うと、なんだか逞しい心持ちが芽生えてきます。

お祝儀曲の魅力

さて、私は古典舞踊の中でも、特に「お祝儀」に関わる舞踊が好きです。

お祝いの席で披露させていただくことの多いお祝儀曲は、踊り手自身の息と身体の動き、そしてその場の空気をつかさどるような神々しさ、独特の緊張感があります。また、動きがシンプルな分、踊り手の技術も際立ちます。
さらに、とてもゆったりとした曲調。これは現代人には少し馴染みにくいところではありますが、姿(俗にいうキメポーズ?)を見せる場面が多いので、その“姿(型)”がビタっと決まった美しさと出会った時は、まるで心が矢で射抜かれたような衝撃をうけます。

今日は師匠とお稽古後に少し談笑。
「足の運び」というちょっとマニアックな話で大いに盛り上がりました。
足元は、ちょっとした角度や歩幅でかなり印象が変わりますし、自分自身の心の持ちようもかわります。

ふとした私の質問にパッと答えて体現してくれた師匠のその姿形がとても美しく、心奪われ、私の心の中にあったモヤモヤが全部どこかに飛んで行ってしまいました…(笑)
これこそ、踊り手と見手が一体になって通じ合う瞬間!
今日も大切なものをいただきました。

私もこうやって誰かと感動を共にしながら、踊りを続けていきたいです。

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