私は器になりたい…

スーパーで美味しそうなお魚や お野菜を見つけたとき、
好みの合いそうなお料理屋さんの前を通りかかったとき、
気になるワインのラベルを見かけたとき、
印象深い人と出会ったとき…

なんだか ソレに呼ばれているような気がして、ふと気にかけてみると、決して派手な様子はないのに、そのものだけが光り輝いて見えて、自分に語りかけてくるような、ふっと引き寄せられるような感覚。
そんなこと、ありますよね。

食べ物に関して、かなりの威力でそのレーダーが働く食いしん坊の私。
それは 食を彩る「器」にも発揮されるようで、魅力的で温かい仲間たちが今、我が家の食卓を彩ってくれています。

器の表情一つで、私のお粗末な手料理が美味しくなるような気がするから不思議なものです…。

さて、私の愛読書の中に柳宗悦さんの「工芸の道」があります。
工芸がお好きな人は、お読みになった方も多いでしょう。

工芸への愛がビンビン伝わってくる柳さんの文章は、読むたびに胸が高鳴り、幸せな気分をいただきます。

その中でも"工藝の美"という章は、私にとって興味深い章です。

「工藝は、現世に生きる私たちへ 天から贈られた花。味なき日々の生活も、その美しさに彩られる。

すべての工芸(器)は、役に立とうとこの世に生まれてくる。だからこそ、健康でなければならないし、どんな扱いにも耐えられなければならない。そして人に寄り添い素朴で強く、静かである…」

まるで宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」を読んだ時のような衝撃をもった 若き私は、「あ~!こんな器のような人になりたい!!」と、心の中で叫んだものです。

そして、この思いが今、私の目指す日本舞踊において生きています。

所作の美しさとは、決してその人自身を飾るだけのものではありません。
それによってその場の空気を穏やかにし、雰囲気を和ませるもの。人との結びつきを大切にしてきた日本人の"和の文化"そのものだと思っています。

「健全な器の美は、決して淫らな形を慎み、奢る風情は"らしい姿"ではない。正しく仕える身であるから、器の用をなす。そのものにこそ、美が宿る。」

私もそんな人でありたいと、日々精進しています。

これからもこの日本人が育んできた、ひとを結ぶ「伝統、文化」を大切にしていきたいです。

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